新社会人を目指すアスペルガーのブログ

大学4年の時にアスペルガーと診断され(2014年夏)、今は社会人3年目です。社会で辛い思いをしている発達障害者の方に、「悩んでるのは自分だけじゃないんだ」と安心してもらえるようなブログを目指してます。

こんにちわ、まことです。

アスペについて色々調べていくうちに、目の前の相手の発言に対する反応が、
定型発達の一般的な回答と、アスペ的な回答とでだいぶ異なることを知り、
あらためて自分が社会の暗黙のルールを分かっていないということを実感しました。

例えば「今回のテスト難しかったよね」と友達が言うとき、
僕は本当に難しいと思ったら、「難しかったよね~」と言いますが、
簡単だったと思ったら、「え、そう?簡単だったと思うよ」と言います。

でも定型発達の反応は、自分の感想を述べるよりも、相手への共感を優先させるそうです。
つまりは、相手が「テスト難しかったよね」といえば、
自分がそのテストを簡単と思うか難しいと思うかにかかわらず、
「そうだよね~難しかったよね~」と、共感をにおわせる回答をするそうです。

ようは、アスペの僕は、自分の視点からしかものを言えないということですね。
自分の視点と相手の視点があっていれば、うまく会話がかみあいますが、
そうじゃない場合は、相手の視点にあわせて会話をすることが難しいので、
会話がかみあわない、ということになってしまうのでしょう。

今思い返すと、僕の会話方式は、基本的に常に「相手の気持ちへの共感」よりも
「自分の気持ちを相手に伝える」ことを優先しているようです。
それは、わざとやっているんじゃなくて、その時は無意識的にそれしかできない。
このようにブログで書くことで、初めて過去の自分の発言の不適切さに気付く。

やっかいなものですね。

この特性は、アスペである自分自身よりも、周囲の人への負担になってしまうのでしょう。
そして、この特性を受け入れてくれる定型発達の人とはどうにか上手くいきますが、
受け入れられない(自己中な人が嫌い)人は、僕のような人とは合いにくいのではないかと。

日本は全体の和を重んじる国ですから、この特性は特に問題化されやすいところだと思います。

こんにちわ、まことです。

定型発達とアスペも同じ人間。
もちろん共通点はたくさんあるはずです。

例えば僕は、「どんな人にも悩みはある」と思っています。
アスペは障害ですから、社会生活に支障がでるということです。
定型発達の人は、アスペの人が躓くところでは躓かないでしょう。

でも一方で、アスペの人があんまり苦労しないところで、
定型発達の人は苦労し、悩むんじゃないかと思いました。

例えば僕の場合、周囲の気持ちに鈍感なところがあると思います。
自分の発言が、相手にどのように思われるのかというところの感覚が、
違ったり、薄いところも多いように日々感じます。

逆に定型発達の人は、「周りの人が自分をどう思ってるか気になる」
という人が多いんじゃないかと僕は思います。
だからこそ、おしゃれにも気を使ったり、気に入られようとして
自分の意思に反する言動をすることができるんだと思います。

僕の場合、友達をたくさん作りたいという意識は希薄だと思いますが、
周囲の人とうまくやっていきたいとは一応思ってます。
嫌われるのは、誰だって嫌ですから。
ただ、そのやり方が、定型発達の人よりも分かっていないのかと。
仮にそのやり方が分かってても、本当にそれが正しいのか、
誰かにそう証明してもらわない限り、それを行動に移しにくいと感じます。
あと、やり方が分かっても、結局は自分の考えに従ってしまったり。

でも、周囲の人との関わり方が分かりすぎると、自分らしくいることよりも
他人を意識しすぎて、疲れてしまうこともあるんじゃないかと思います。
たまにびっくりするくらい周囲に気を使う人を見かけることがありますが、
そういう人は、アスペとは違う苦労を抱えているのかな、と。

難しいところですね。色んな考えがあると思いますが、僕の考えはこんな感じです。
自分はアスペだから人よりも苦労するという考えと同時に、
アスペだからこそ理解できない苦労をしている人がたくさんいることを知ることも、
大切なんじゃないかと思います。

こんにちわ、まことです。

アスペの人は、言葉を音として使うとは聞いたことがありますが、
僕もまさにそういうことが今までよくありました。

例えば中学生のころ、古典のテスト前のことでした。
タリ活用とナリ活用というのを習ったんですが、その活用型のリズムがおもしろくておもしろくて。

ナリ活用は
ナラニナリナリナルナレナレ

タリ活用は
タラトタリタリタルタレタレ

テスト直前に復習中、友達二人と大爆笑していたのを覚えています笑
まぁ、友達は「おもしろいよねこれ」と笑いながら言うくらいで、
本当におなかが痛くなるくらいまで笑ってたのは僕だけでしたが笑

当然のごとく、他の周囲の友達は、何がおもしろいの?みたいにポカンとしてました泣
ただ、その友達だけは、この言葉のリズムがおもしろいことを理解してくれました。

ちなみにその子は、国語で学年1位の点数をとるくらい、言葉に関しては
すぐれた感覚を持っていたので、そういうのも理由の一つだったかもしれません。
僕の言葉への少し変わった感覚が、たまたまその子の枠にはまった、というところでしょうか。

その友達とは大学生になって以来一度しか会っていませんが、
周りには理解できない笑いのツボが、その子とはあっていたような記憶があります。

話は変わりますが、やっぱり自分がおもしろいと思うことに対して、
一緒になって笑ってくれる友達の存在は、すごく大切だと思います。
僕の場合、普通の人がスルーしてしまうようなところにもこだわって、
周りが「なんで?」と思うくらい、一人で笑いのツボにはまってしまうことがよくあります。

で、周りの人は、「そこで笑うのか」といったように、僕に合わせて笑ってくれるのですが笑

他の人とは少し違う感覚を持っていること。
それがアスペによるものなのかは定かではありませんが、
もしそうだとしたら、アスペだからこそ笑える場面があっていいな、と思ったところです。

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