新社会人を目指すアスペルガーのブログ

大学4年の時にアスペルガーと診断され(2014年夏)、今は社会人1年目です。社会で辛い思いをしている発達障害者の方に、「悩んでるのは自分だけじゃないんだ」と安心してもらえるようなブログを目指してます。また、読者の方にも記事を書いてもらえる、という試みを始めました。発達障害をテーマに書きたいことがある方は、その旨と、記事を投稿すると仮定した場合の文章をそのまま、コメント欄で投稿してもらえればと思います。

2015年02月

こんにちわ、まことです。

今日読んでいた本の中に、

「性格はその人の一部を表すもので、その性格が、どんな場面でも出るわけではない」

という言葉がありました。

いつもは人見知りで話すのが苦手な人が、
心を許した人に対しては、饒舌に話せることがあるように。

いつもは周りを気遣って、自分を抑えてしまう人が、
心を許した人に対しては、つい普段我慢していたぶん、わがままになってしまったり。

人間って、ある意味こういった二面性を持ち合わせている存在なんです。

これは、アスペルガーについてもいえると思います。

場の状況によっては、アスペルガーの特性が強くでることもあるし、
逆にその相手や環境によって、アスペルガーの特性がほとんどでないこともある。

以前、飲み会について書いた記事で、僕は飲み会が苦手だといいました。

しかし、ものすごく楽しめた飲み会もあります。
それは、その時のタイミングだったり、調子だったり、色んなものが重なってできた奇跡です。

アスペルガーだって成長します。すっごくマイペースですけどね。

とりあえず今回の記事でいいたいことは、

もしもあなたが今日、アスペルガーの特性のせいで、何かに失敗してしまったとしても、
これからもあなたが、同じような失敗をするとは限らないということです。

同じような失敗をするかどうかは、自分自身の問題でもあるし、
実は周りの環境にも由来します(責任転嫁を勧めているのではないです。しかしこれは事実です)。

ただ、どんなに周りの環境が変わっても、
結局一番大切なのは、自分自身がどうするかです。

たとえば、あなたの失言で、周りの人を傷つけてしまったことに、後々気づいたとします。

あぁ、どうせまた、同じように傷つけてしまうんだろうな。
あなたは、そう思うかもしれません。僕だって、そう思う時があります。

でも、それは勝手な思い込みなのです。
一人の人間に、わがままな部分と、気遣いをする部分の両方が、比率は異なれど備わっているように、
アスペの部分と、定型発達に近い部分とが、混在しているのが、人間だと思います。

アスペ:定型発達=9:1の人は、
10回に9回の確率で、アスペモードが発生します。

でも、10回に1回の確率で、定型発達としての言動が、多少なりともできると思います。

100か0かをはっきりさせたい人がアスペさんには多いでしょうが、
自分のアスペルガーの特性ばかりを見るのではなく、

たまには、自分にもそれ以外の特徴があるんじゃないかと考えて、
周りの人に聞いてみたり、自分で考えてみることも大切じゃないでしょうか。

あなたの中にも、1%くらい、定型発達としての一面がもしかしたら隠れているのかもしれません。

逆に、これを読んでいる定型発達の皆さん。
あなたの中にも、1%くらい、アスペとしての一面があると思います。

周りのアスペの人の言動の理解に苦しんだとき。
自分の中にある、その1%の部分を思い起こしてみれば、何かが変わるかもしれません。

(この記事の行きつく先が見えないので、これで終了にします笑)

こんにちわ、まことです。

読者さんの方から、
まことさんも恋ってするんですかー? というメッセージをいただいたので笑、

今回はアスペルガーと恋愛について書いてみようかと思います。

確かに、アスペと恋愛について書かれてるブログって少ないですね。
わりと重要なテーマだとは思うんですが。

まぁ、アスペの特性上、うまくいってる人のほうが少ないと予想されるので、
だから書きにくいのかもしれませんねー。

とりあえず、率直に言います。
僕はいまだに、恋愛感情と友情の違いがよくわかりません!

なので、(なので?)、当然告白したこともないです。
告白された経験は、無くもないのですが、小学生の時なので、これは経験に入るのかどうか笑

とりあえず自分の中で分かっているのは、
恋愛感情も友情も、相手が自分にとって大切な人だから生まれるものだということです。

大切な人に対して、感情の違いなんてほとんどないです。

で、大切な人ってのは、何年かかけて関係を深めてやっとできるものなので、
一目ぼれとかはまずありえないと思います。

もしかして、これが「好き」ってことなのかな、と中学、高校時代に思ったことはありますが、
結局自分でもよくわからないまま、22歳になってしまった、という感じです。

実は今も、「好き」なのかもしれない、という人がいなくもないのですが、
いまだにそれが、友情としてなのか恋愛としてなのかわからない、という状態です。

自分にとって、重要な存在であることは確かなんですけど。。。

とりあえず、一緒にいて落ち着く人。
これが一番大切だと思います。

そして、アスペの特性を、理解してくれる人はもちろんですが、
おもしろい! ほかの人と違ってるけど、そこがいい!って言ってくれる人。

そういう人を、アスペさんは選んだらいいんじゃないでしょうか、と個人的には思います。

あと、恋愛としての「好き」って何なんでしょうかね。
人によって違うんでしょうが、ほんとこればっかりはよくわかんないです。

こういう細かい感情を自分で分かってないのが、
やっぱり精神的な成長が遅いアスペならではってことなんでしょうか。

こんにちわ、まことです。

突然ですが、人間だって生き物です。
なので、基本的には生命の繁栄を本能としている存在です。

しかし、それでも障害を持っている人が生まれているのも事実です。
発達障害はもちろん、耳の聞こえない人、目の見えない人など。

こういった遺伝子を受け継ぎたいという人は、あんまりいないかもしれません。
なぜなら、苦労することが多いからです。

障害が持ってるからわかる世界がある!とか、
障害を持っていたって、幸せになれる!とか、そういう考えもあるでしょうが、

ここではあくまで、客観的に見た限り、
障害というのはやはり生活を送るうえで支障になるもの、と捉えることにします。

じゃぁ、どうしてそういう風な障害となる遺伝子が、今まで人間界で受け継がれてきたんでしょう?
普通ならそんな遺伝子、今までの何千年の歴史で、淘汰されてるはずですよね。

これについて、僕は次のような話を聞いたことがあります。

障害を持つ人は、少なくとも今現在の社会では、苦労しやすい。不便なことも多い。
でも、それはその人たち自身が障害なんじゃなくて、社会がその人たちを障害者にしているだけ。

人間という高度なプログラムが備わった生物は、
どんな環境でも必ず絶滅しないように、あらゆる可能性を予測して、多様な遺伝子を残している。

もしかしたら、目が見えないほうが生きやすい社会に、突如この世が変貌するかもしれない。
もしかしたら、他人の気持ちがわからないほうが笑、種の繁栄に役立つかもしれない。

ということらしいのです。

うまく説明できてますか? 説明できているといいんですが...

ようは、アスペルガーとかの発達障害も、それ自体が障害というよりかは、
その障害特性を活かせる場面が、今現在は限られているだけ。

いつ、この障害特性を持つ人のほうが、有利になる時代がくるとも限らない。
だから、アスペルガーというものは、人間界で受け継がれてきたのだ!というわけです。

もしこれが本当なら。
あー、人間って深いですね。

こんにちわ、まことです。

昨日アップしたばかりの記事
「発達障害と依存症」
http://rakkansyugi.blog.jp/archives/23011464.html

が、なんとなんと、
ブログ村のアスペルガー症候群注目記事ランキングで1位になりました!

http://mental.blogmura.com/asperger/ranking_entry.html
(2015年2月21日(土)9時30分現在)

正直依存症については、読者さんからリクエストされるまでは、
まったく書こうと思ったことがなかったです。

なので、この1位は読者さんとの協力で得たようなものです笑
ほんとにありがとうございます。

別に1位をとるためにブログをやってるわけじゃないですが、
やっぱり注目記事で1位、ってなんか嬉しいじゃないですか。

ちなみに過去にも1度だけ、同じ1位をとったことがあったんですが...
残念ながら、それがどの記事かは忘れてしまいました...

昨日も過去最高の訪問者数だったし、なんの気なしに始めたブログでしたが、
もうここまできたら、もっともっと色んな人に読んでもらいたい!と思ってます。

ブログも習慣化してきたら、楽しいですね。

習慣化する前は、「今日はなんの記事を書こうかなー」といちいち考えていたんですけど、
最近は、「今日はこれを書きたいからこれを書こう!」と既に決まってることが多いです。

やっぱり、何事も楽しまないと、ですね。
とりあえず報告でした。ありがとうございます。

こんにちわ、まことです。

発達障害と依存症について意見が聞きたいというリクエストが、
読者さんからあったので、素人ながら書きたいと思います。

知ってる方も多いと思いますが、発達障害を持っている人には、2次障害もある人が多いです。
その2次障害の一つに、依存症があります。

ギャンブル依存、アルコール依存、ネット依存など、
行きすぎた依存は、その人の生活そのものを崩壊させてしまうこともあります。

そして、そうした依存症を発症してる人は、
発症してない人よりも、発達障害である割合が高いといわれています。

特にギャンブルやアルコールとかは、ストレス発散になるんだろうし、
社会にうまく適応できなくて依存してしまう人が多いのかもしれません。

僕はギャンブルも興味ないし、アルコールもあんまり好きじゃないし、
ネットはそりゃしますけど、依存ってほどでもないし(自分で制御できる程度)。

ただ、アスペの人が依存症になりやすい気がするのはわかります。

例えば、アスペの特性である、変化を好まず自分のやり方にこだわって、
毎日同じように行動するという特徴。

この特性が、もしもギャンブルへと向かってしまったら。

分かりますよね。
ギャンブルをしない、という非日常は、彼らにとっては許せないものなのです。

ただ、ここまである程度依存症に対して擁護する形で話してきましたが...

僕は正直なところ、結局依存症になっちゃう人って、
自己制御ができない人なんじゃないの?って思ってしまいます。

厳しいことを言うかもしれないのですが、
周りの環境に甘えて育った人は、やっぱり甘え癖が身についてしまいます。

僕もどちらかといえば、甘やかせられて育ったほうなので、わかります。

この前たまたま読んだネットの記事で、次のようなことが書かれていました。

「発達障害を持っている人にも2種類いる。

1.発達障害の特性を理解して、自分なりに工夫して生きようと「努力」できる人
2.発達障害であることに甘えて、「努力」しようとしない人」

これは、発達障害であるなし関係なく、その人の性格によると思います。

いわゆる定型発達でも、努力できる人、努力できない人がいます。
僕も人のことはいえません。努力することもあるし、サボることもあります。

でも、育った家庭環境が、自分で努力しなければ、
自分の夢なんて叶えられない、大学にだって行けない。そういう環境だったから。

自然と、努力して自分の生きたいように生きる。そういった考えが身につきました。

ようは、発達障害=依存症、ではないのです。
むしろ、依存症の要因は、発達障害よりもその人の性格や考え方のほうが
大きいんじゃないかと僕は思ってます。

発達障害を持っていると確かに色々と大変ですが、そんなときに、

ギャンブルやアルコールといったものに頼って、現実から逃げてしまうのか、
自分なりに考えて、現状改善のために前向きに取り組んでいくのか、

そこの違いなのかもしれない、と思ってしまいます。

それは定型発達の人も同じで、苦労したときに、
身近な快楽に依存してしまうのか、一歩踏みとどまって前向きになれるか。

それだけの違いだと思います。

結論として、発達障害の人が依存症になりやすいのは、
発達障害の人のほうが、人生においてあらゆる苦難にぶちあたることが多いから。

でも、その苦難に対する受け止め方は、発達障害のあるなしではなくて、
その人の考え方や性格次第。

ただ、逆に依存症にならないタイプの発達障害の人は、
困難にぶつかっても、努力しようとしたり、自分を責めてしまいがちなので、

そこでうつ病になってしまったりするのかな、と思います。

ようは、2次障害を防ぐためには、自分に合った環境で暮らすこと。
これしかないのかもしれません。

※僕は依存症について、ほんとに素人程度の知識しかないです。
 もしも、これは違うんじゃないかとか、そういうのがあれば、ご指摘ください。

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