新社会人を目指すアスペルガーのブログ

大学4年の時にアスペルガーと診断され(2014年夏)、今は社会人3年目(2017年)です。社会で辛い思いをしている発達障害者の方に、「悩んでるのは自分だけじゃないんだ」と安心してもらえるようなブログを目指してます。また、読者の方にも記事を書いてもらえる、という試みを始めました。発達障害をテーマに書きたいことがある方は、その旨と、記事を投稿すると仮定した場合の文章をそのまま、コメント欄で投稿してもらえればと思います。

2015年03月

こんにちわ、まことです。

読者さんから、こんな記事リクエストをいただきました。

「主が4月以降の社会人生活をスタートするにあたって心配なことってなんですか?
また、その心配事は、主のアスペルガー症候群に起因することですか?」

※主というのは、僕のことです。

すごいタイムリーなリクエストですね。
4月1日に社会人になるので、あと1週間しかありません。

心配なことは山ほどありますが、いくつか書いてみます。
アスペだから心配なこともあるし、アスペ関係なしに心配なこともあります。

まず、新しい職場に馴染めるか心配です。

僕が働かせていただく会社は、小さいながらもいくつか部署?があるのですが、
今バイトとして週に1~2回研修を受けている部署とは、

また違うところに配属されることが決まったのです。

僕としては、今の部署はどことなく集団意識が強く、
飲み会が異常に多かったりしたので、正直やりにくいなと感じていたので、

また新しい部署になるということで、これはある意味、
人間関係を一からやり直すチャンスといえる一方で、

隣の芝生は青い状態に、4月以降なってしまう(前の部署のほうがよかった)可能性もあるのです。

特に、僕は人間関係を構築するのが苦手なので、
全く知らない人たちのところでまた頑張らないといけないのかと思うと、心配です。

あと、僕のアスペ特性が、研修担当者の人に気づかれつつある、というのも、
だいぶこれからの不安要素です笑

具体的には、
「まことくんは時々、びっくりするような場にあわない発言をするよね。悪気はないんだろうけど」
と、確か先週くらいに言われてしまいました。

自分としては、一日中気を張り詰めて、
変な発言をしないように細心の注意を払っているのに、

それでも定型発達の人からはそう思えてしまうのか、、、と思うと、
なんだか超えられない壁のようなものを感じてしまいます笑

これが、これから社外の人と対応するようになったときに、
悪気はなくても、場を凍らせてしまう発言をしてしまうんじゃないかと、少し気になっています。

こんな感じですかね。
主に、コミュニケーションの特異性(苦手とはいわず、あえて特異と書きます)から
くる心配事が多いんじゃないかと、思います。

こんにちわ、まことです。

ずいぶんと更新が途絶えてしまっていて、すみません。

それでも毎日たくさんの人が読みにきてくださっていました。
本当にありがとうございます。

実は最近、自分が本当にやりたいことを見つけて、
それに向けて勉強を開始したので、なかなかブログを書く時間がとれないのです。

社会人として来月から仕事や本格的な研修などが始まるのですが、
それとは並行して勉強をするので、忙しくなってくると考えられます。

なのでこれからは、更新できたとしても週2回、もしくは1回になると思います。

記事を楽しみにしてくださっている方には、申し訳ないです。

そのぶん、みなさんが「読みたい」と思える記事にしたいと考えてるので、
「こんな記事が読みたい」という要望は、これからは特に大大募集です。

もうすぐ大学の卒業式もあって(僕は式は嫌いなので出ませんが、証書はもらいに行きます)、
いよいよ社会人としての生活が始まるのかと思うと、緊張します。

もしも僕と同じで、これから社会人になるという人がいれば、
ぜひ一緒にがんばっていきましょう。でも、適度に力を抜きましょうね。

ではまた。

こんにちわ、まことです。

長らく、ちゃんとした記事が書けずにいました。
というのも、実は卒業旅行に行ってたんですね。

ほんの数日間だけでしたが、行きたいところに行けてよかったです。

で、今日のテーマですが。
僕は、自分に自信がありません。

それはおそらく、集団の中での度重なる失敗経験から構築されたものだと思います。

皆が簡単にできていることなのに、自分だけができなかったり、
といった経験は幼いころから、数えきれないくらいありました。

そういった環境的な影響は、自分が想像している以上に大きくて、
今もなお、自分に自信がないので、「自分なんかにできるのかな」という思考が先立つこともあります。

アスペの人って、ある程度「自分は周囲と違う」という自覚がある人は、
多かれ少なかれ、周囲との差異を感じながら育ってきたと思います。

そして、その差異に対して、何らかのコンプレックスを抱いている人は、
自分に対する自信がなくなっていくんじゃないかと感じます。

で、別にいいや、って思ってしまうんです。
現状を打破しようという意欲が、薄くなってしまうんです。

それがいけないということは何となくわかっているんだけれども、
自分に自信がないから、今のままでいいやってなってしまう。

周りをみていると、自分に自信がある人は、生き生きしているように見えます。
言動一つ一つに、パワーがある。

一方で僕の場合、極端なことが多いです。

生き生きしすぎて、思いのままに行動するあまり、
「あなたみたいな変な人、見たことない」って言われることもあるし、

無気力すぎて、「何この暗い人、変だな」って思われてるであろうこともあるし笑

感情に、すごく波があるんですよねー。
実は発達障害の検査を受けたときも、躁鬱の傾向があるのかもねーって言われたんです。

ちなみに、行ったことのある2つの病院のうち、
「発達障害ではない」と診断されたほうの病院で、そう指摘されました。

(僕は一方の病院で「アスペ」と診断され、別の病院では「違う」と言われてるので、
 こういうややこしいことが起こってしまうのです)

これについても、また別の記事で書こうと思います。

とにかく、僕は何となく、「ほかの人と比べて、言動に一貫性がない」ということは分かってます。
一貫性がないので、余計に周りの人からすれば、「何だかわからない人」になってしまうのです。

なんだか、本題からどんどんそれていってる気がしますが笑

今日は疲れたので、こんな文章でご勘弁ください。

忘れてはいけません。

4年前の今日、あったこと。

そして、忘れてはいけません。

命の尊さを。

こんにちわ、まことです。

先日、読者さんから非常に興味深いメッセージをいただきました。

非公開にしておくには、あまりにももったいないメッセージだったので、
個人が特定されない範囲内で、簡単にメッセージを要約したいと思います。

その読者さんのメッセージを要約すると、

「ボーダーライン付近の、ごく軽度の発達障害の人が確定診断を受けると、
自分は障害者だという思いが高まり、その特性が診断を受ける前より強くなることがある」

ということだそうです。

僕はこれを読んで、そういう考え方もあるのかと、すごく納得しました。

診断を受ける

自己理解につながり、生きづらさが解消される

という流れが、一般的によく言われていることですが、

診断を受ける

本来なら個性に収まっている特性でさえも、障害だという固定観念にとらわれて、
余計にその特性が強くなって、生きづらさが高まってしまう

という流れも、同じくらい起こるんじゃないかと感じました。

僕はこれまでのブログで、基本的には
「確定診断は受けられるなら受けるべき」というスタンスをとっていました。

でも、生活に支障を感じてない人なら、確定診断を受けるべきではないのかもしれません。
もしそこで受けてしまったら、逆に特性が強くなって、新たな支障がでてしまう恐れがあるからです。

ケースバイケースといってしまえばそれまでなんですけど、
診断の意味は、やはりその人の生きづらさを解消することだと思うので、

生きづらさそのものがないんだったら、診断を受ける意味はないんじゃないかと。

でも、学生時代はそれほど生きづらさがなくても、
社会人になってから急に生きづらくなってしまう人が、

定型発達、発達障害関係なくたくさんいるように、そういった時には、
生きづらさを解消するために、診断を求める、という方法もあるのかもしれません。

とにかく、診断を受けている、受けていないにかかわらず、
自分はアスペだーとかいう思考ばっかりにとらわれたら、

余計にアスペらしさが濃くなって、しなくていい苦労をすることになる可能性があります。

シングルフォーカスに陥りやすいアスペさんも多いでしょうが、
あんまり気にしすぎないことも大切なんではないでしょうか。

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