新社会人を目指すアスペルガーのブログ

大学4年の時にアスペルガーと診断され(2014年夏)、今は社会人3年目(2017年)です。社会で辛い思いをしている発達障害者の方に、「悩んでるのは自分だけじゃないんだ」と安心してもらえるようなブログを目指してます。また、読者の方にも記事を書いてもらえる、という試みを始めました。発達障害をテーマに書きたいことがある方は、その旨と、記事を投稿すると仮定した場合の文章をそのまま、コメント欄で投稿してもらえればと思います。

カテゴリ: アスペルガーの色々

こんにちわ、まことです。

皆さんはご覧になりましたでしょうか?
世界仰天ニュースというテレビ番組で、9日(水)にアスペルガーが特集されてたのを。

見てない方のために簡単に内容を説明すると、

木下直子さんという女性(今は一児の母で会社の代表も務めて、障害認知に取り組んでいる)の
これまでの苦悩の人生と、それをどうやって乗り越えてきたか、というものです。

勉強はできるけど運動はできない。
相手を傷つける言動が極端に多い。
ルールにしばられ、柔軟な言動ができない。
感覚が過敏で、日常生活に支障ができる。

おおまかに、アスペルガーの特性を薄く広く紹介しているという感じでした。
まぁ、テレビではここまでが限界ですよね。

ただ、やはり
「押しボタンで青信号になることに気づかず、赤信号を30分以上待っていた」
という事例は、性格ではなく障害なのだという事例にはなるでしょう。

あと、有名なサリーとアンの問題を、診断に使うという説明は適切ではないかもしれません。
あれはあくまで、3歳の当事者さんを対象にした問題だそうですし、
大人なら論理的に考えれば、おそらくあの問題は当事者さんでも正答できると思います。

そういえば、この番組が放送された日のこのブログの訪問者数は、非常に多かったです。
やはりテレビの影響というのはすごいですね。

この番組を見て、
・もしかして私もアスペルガー?
と思った人がいるかもしれません。

気になる方、今その特性で悩んでいる方は、精神科に行ってみてもいいかもしれません。
はっきりさせたいという思いは、行動に出せば案外すぐに実現されます。

それで「障害ではない」と診断されても、「障害だ」と診断されても、
結局はなんとなくもやもやしたようなものが残るのですが、次への一歩にはつながると思います。

あと、
・私の身近にいるあの人、もしかしてアスペルガー?
と思った人がいるかもしれません。

そう決めつけるのは時期尚早です。
ただ、アスペルガーの特性を理解したうえで接すれば、関係がうまくいくかもしれません。

こんにちわ、まことです。

本当の自分をさらけ出そうと思います。

・実は他人のことを心の中で見下している
・話せないんじゃなくて、話すのが面倒なだけ

・実は他人のことを利用している、気がする
・自分が一番大事

・なんだかんだ、自分が一番正しいと思っている
・自分のことを変える気持ちはさらさらありません

本当にアスペルガーなんでしょうか。
ただの、自分大好き(大嫌い)人間、自分中心人間、口だけ人間な気がしてきました。

アスペボーダーの人(僕だけかもしれませんが)って、実は性格的に、
自分のどこがねじ曲がっているのかわかっていて、

だけど変えれないんじゃなくて、変えたくないから、
周りに甘えている、というところもあるのかなーという気がしてきました。

僕の場合、自分で何かをしなくても、運よく
周りに助けられてきたことが多かったので、余計に。

アスぺの皆さん。
自分のことが、とてつもなく悪い人間みたいに思えてくることはありませんか?

特性うんぬんというよりかは、
その特性の裏にある、実は自分が一番正しいと、信じているところとかです。

こんにちわ、まことです。

アスペルガーの空気読めない発言が、ある意味正直さならば、
一部の定型発達の相手を思うという建前の発言は、おせっかいでしょう。

おせっかいは、相手の気持ちを考えているようで、
むしろ自己満足、かつ相手にとっては負担だと僕は思います。

なので、僕は必要以上に人とは関わりませんし、
余計なお世話だろうと思って、おせっかいはしません。
まあ、しようと思ってもできないものではありますが...

アスペルガーの相手の気持ちが読めないというのと、
一部の定型発達がするおせっかいの、相手の気持ちを読めないというのは、
次元がまるで違う話です。

前者は無意識ですが、後者は意識的に、
相手のためだと信じて疑いません。

どちらも相手に多少の負担をかけているのに間違いはないですが、
アスペのそれは、ある種の違和感として処理できますが、
おせっかいのそれは、しつこい上に、必要以上に干渉してきます。

自分のテリトリーを守りたいアスペさんにとっては、
実にありがた迷惑な話です。

こんにちわ、まことです。

生きる意味について考えてみました。
別に病んでるとかそんなんじゃないんですけど、考えてみました。

偽善と思われてもいいのですが、僕は、この世に生まれたからには、
必ず全員が、誰かの役に立つものなんだと思ってます。

猟奇的な殺人者だって、一生病院暮らしの人だって、
もちろん発達障害を持っている人だって、未熟で生まれて数日で死んでしまう赤ちゃんだって。

元々の生まれた理由は、世の中の役にたつため。

でも、何かしらの原因で道を間違えてしまったり、命を奪われてしまったり、
そういう些細なきっかけで、元々の生まれた理由が見失われてしまう。

僕は、そういうふうに考えてます。

だから、今少なくとも、ある程度の自由を持って生きている人は、
世の中の役に立つことを許されている人なんだと思ってます。

僕はこのブログを通して、発達障害を持っている人、発達障害を持っている人が周りにいる人、
なんかの役に、ちょっとでもたてればと思っているわけなんですが。

ただ、そうじゃなくても、今日もしかしたらすごく最低なことがあって、
落ち込んでて、なんで生きてるんだろうって思っている人がいるかもしれない。

そう思ったら、こういう記事を書いてみるのもありかもな、と思って書いてみました。
今日は久しぶりに定時で帰れたのもありますが笑

この世に生まれたからには、何かしらの経緯で、誰かしらとはかかわりますよね。
その関わり方次第で、生きている意味も変わってくるんだと思います。

自分でも何を書いているのかわからなくなってきましたが、そういうことです。

最近、本当に仕事に行くのが億劫なのですが、逃げてても仕方ないし。
言い訳して逃げるのは、やっぱりいやです。

頑張ります。

頑張りましょう。

こんにちわ、まことです。

タイトル通りです。

当事者から見た当事者の特徴と、
定型発達の方から見た当事者の特徴は、やはり違うと思います。

そこがすごく知りたい、と最近思います。

僕自身から見ても、僕はやっぱり周りとは違うところが多いと思いますが、
自分では普通と思っていても、それはおかしい、と言われることもすごく多いので、

自分が考えているのとは比較できないほど、定型発達の方からすれば、
僕の言動一つ一つは、やっぱり特徴的なんだろうなーと感じます。

もしよかったからでいいのですが。
このブログを読んでいる定型発達の皆さん。

身近に発達障害当事者の方がいれば、やっぱり普通とは違うな、と思うところがあるんでしょうか。
それは、当事者自体はどれくらい自覚できていると思いますか。

僕は、アスペルガーというものを知るまでは、1%も自覚できていませんでしたが、
知ってからは10%くらい、今は20%くらいなら自覚できていると感じます。

(コメントがなければ、少し切ないことになってしまいます...笑)

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