新社会人を目指すアスペルガーのブログ

大学4年の時にアスペルガーと診断され(2014年夏)、今は社会人3年目(2017年)です。社会で辛い思いをしている発達障害者の方に、「悩んでるのは自分だけじゃないんだ」と安心してもらえるようなブログを目指してます。また、読者の方にも記事を書いてもらえる、という試みを始めました。発達障害をテーマに書きたいことがある方は、その旨と、記事を投稿すると仮定した場合の文章をそのまま、コメント欄で投稿してもらえればと思います。

カテゴリ:アスペルガーの色々 > アスペと自分

こんにちわ、まことです。

タイトルからして、えげつない記事を期待しているかもしれませんが、
もしかしたら、そんなにえげつなくないかもしれません笑

えーっと、結論からいうと、
僕の父も、実は子供のときに、知能検査を受けてたそうです。

たぶんもう30年以上も前ですから、WISC-Rでしょうか? それか田中ビネー?
よくわかんないですけど。

で、その時に、「得意なことと苦手なことの差が激しい」と言われたらしく。
これで、僕のアスペは父譲りだということが、ほぼ確定しました笑

まったく、親子そろって知能に偏りがあるってどういうことなんですか笑
まぁ親子だから似てるのは当たり前か。

父の場合は、ものすごく物知りで、普通の人が知らないようなことも、
知ってて当たり前、みたいな感じで話します。

一方で、すごく不器用。それに要領も悪くて、新しいことを覚えるのもすごく苦手です。

まぁ、これは僕も同じですけれど、父のほうがひどいと感じます。
(もしかしたら僕もあと30歳年をとれば、父とどっこいどっこいになるかも)

父が今のWAISを受けたら、確実に言語性IQ>>>動作性IQでしょう笑

正直、僕くらいでアスペなら、父もおそらくそうだろうとは思ってました。
まだ父の場合は、ちゃんとした診断を受けたことはありませんが。

前までは「おそらくそうだろう」くらいでしたが、
父の親、つまり僕のじいちゃんばあちゃんが、父に知能検査を受けさせたということは、

やっぱり父も幼いころから、発達に何か偏りがあったんでしょう。
僕からすれば、父のほうが、僕よりも個性強烈だと思ってるので、まぁ当然かもしれません。

あーこれで、僕のアスペも、ほぼ確実になってきましたね。

今までは、確定診断を受けた病院と、発達障害ではない診断を受けた病院の、
2つがあったので、どっちを信頼すればいいのかわからなかったんですけど、

これで確信しました。
やっぱり僕は、正真正銘のアスペです笑

父がそうなんだったら、僕のアスペは、やっぱり後天的じゃなくて先天的。
(注:アスペルガー症候群自体は先天的ですが、後天的に似たような特性を身につけた大人もいます)

逆にすっきりしました。
あとは、父の生きづらさも解消できたらいいんですけど。

息子として何ができるのか。
とりあえずは、父と発達障害についてきちんと話す必要があるのかもしれません。

まぁ、ゆっくりとこの先考えていきます。

こんにちわ、まことです。

今年ももうすぐ終わりですね。
別に日付が変わったところで、何かが変わるわけじゃないのですが。

とりあえず、まとめます笑
僕は自分がアスペだとわかってよかったと思ってます。
自分のことを深く知れたし、自分が周りにどう思われているかもわかったから。

で、自分がアスペでよかったか、と聞かれれば、まだわかりません。

でも、ここでアスペじゃなければよかったなんて言ったら、
自分を捨ててしまうようなもの、つまり自己否定をしているのと一緒なんですよね。

そんなのやっぱりもったいないじゃないですか。

「自分がアスペでよかったかわからないと答える」のは、
「アスペでよかったと自信を持って言えるくらいの人生を送りたい」という

若さ故の希望的な意味も込めています笑

まぁ、100人に1人くらいは日本にいるらしいですから、
そんな珍しい話じゃないですよ。

一人なんかじゃありません。
もうちょっと多かったらいいなーなんて思うこともありますが笑

まぁ、あんまり気にしないで、来年もマイペースな日々を過ごしていきましょう。

とりあえず、
ブログの総訪問者数が6000名を超えています。

この調子でいけば、桁が一つ増える日も近いかもしれません。

昔っから、自分の文章を通して人の心に何か影響を与えるようなことがしたいと思ってました。
ちょっとくらいは、ブログを通してこの夢をかなえているのかもなーと思うと幸せです。

え、これってもしかして、自分がアスペルガーじゃなかったら叶えられなかった夢なんじゃ。

自分がアスペルガーでよかったと思えること、一つ発見です。

こんにちわ、まことです。

やっぱり父もアスペかもしれません。

以前から父の言動には意味不明なところがたくさんあったのですが、
アスペルガーの特徴と合わせると、全て説明がつくからです。

どんな特徴があるかは、父といえどもある程度のプライバシーがあるので書きませんが、
正直いってなかなか強烈な人だなと感じます笑

僕のアスペは父からの遺伝かと思うと納得がいきます。

正直いって父のこれまでの人生は、わりと波乱万丈でした。
父から直接聞いたわけではありませんが、母からの話だとわりと大変なようです。

今もぶっちゃけ、結構苦労しているほうだと思います。
(そしてその苦労は、家族にも広まっているというのも事実ではあります。
 まぁ家族なんだから、楽しみも苦しみも分け合うのが当然といえば当然かもしれませんが)

父が仮にアスペだとすれば、やっぱりアスペさんが
順風満帆な人生を歩むのはなかなか大変なんだろーな、と。

なんだか他人事のようですが笑
でも他人事だと考えないと、僕も父のように苦労するのかもしれないと考えちゃうのです。

ただ、アスペの僕が言うのもあれですが、父のアスペっぷりは、
僕とは比べ物にならないと感じます笑

確実に定型発達な母も、「まことは普通だけど、お父さんは変わってる」と言いますから。
なので、父よりはわりと「まともな」人生を歩める可能性は高いと予測します。

とはいえども、僕のアスペ的な特性と、父のアスペ的な特性は重なる部分もあれば、
父にはある特性が僕にはなかったり、その逆もあったりと、
なんだかんだ違う面がいくつもあります。

父が子供時代に過ごした環境(つまり僕の祖父母の家庭環境)と、
僕が現在過ごしている環境もだいぶ異なると感じますし、

同じアスペといえども性格や周囲の環境によって特性も変わってくるので、
父はこうだから僕もこう、というふうにまとめて物を言うことには何の意味もありません。

なので、あまり父のことは考えないで、
自分がどう生きていくかを考えているつもりではいます。

ただ、このまま父の人生が好転しない場合のことを考慮すると、
これからどうなっていくんだろうと、やっぱり親ですから心配にはなります。

こんにちわ、まことです。

アスペの特徴は、大人になってから急に表れるものではありません。
アスペは、生まれたその瞬間からアスペなんです。

僕も一応、アスペ的な幼少期のエピソードがあります。

時系列にそっていくつか簡単に書いてみます。

胎児仮死で産まれる(この状態で産まれた場合、発達障害のリスクがあります)

言葉と一人歩きの遅れ(1歳半検診でひっかかりました)

療育センターに幼稚園入園まで通い続ける

幼稚園入園目前、「発達障害の疑いあり」と指摘される。
具体的な指示がないと混乱する(自分で考えて何かをできない)、と言われてしまいました。

幼稚園では一人遊びが多かった(誰かと遊ぶとしても、団体では遊ばない)。
あと、団体の中で自分の思いとおりに行かないことがあると、その場で立ちつくしてしまい、
先生の助けをかりないと、別の行動に移れない、ということがあった(予定外のことへの不適応?)。

小1のとき、担任の先生に「まことくんは周囲を見て行動できてない」と注意される。
(運動会でも、みんなを応援せずに一人遊びをしている映像が記録されていました笑)

こんな感じでしょうか。

あまり親から詳しい幼少期の話は聞いてないので、
もしかしたら他にもあるのかもしれませんが、知っている中でとりあえずいくつか挙げました。

母親は僕がアスペルガーだということに対して否定的なので、
これ以上幼少期のことを母に聞いても、あまり教えてくれないような気もします。

小学生後半とか中学生の時といった、幼少期を超えた年齢になってくると、
自分でもある程度覚えているので、色々と武勇伝的な(笑)話もたくさんあるのですが、
それはまた今度別の記事で書こうと思います。

こんにちわ、まことです。

これ実は1か月くらい前の話なのですが、
机を母親の指示のもと強制的に掃除していると、バイト先で昔使ってたノートがでてきました。

メモをしないと仕事が覚えられなかったので、
常に小さなノートをポケットに入れて、バイトをしてたんです。

懐かしいなー、あの頃は今の何十倍も仕事できなかったなー笑
あの頃と比べたら、何十倍も成長したなー。

そんなことを思って読み返してました。

そしたら、なぜかノートの一部分がホッチキスで止めてあったんです。

自分がそんなことをした覚えはないけど、そういえばバイト中も、
なんでこんなところがホッチキス止めされてるんだろう、って
気になったことがあるようなないような。。。

で、そのノートを捨てる前に、どうせなら何が書かれてるか見てみようと思ったんです。

そして固く閉ざされたページをめくると。。。

これは明らかに僕が幼児期の頃、療育で受けた内容が書かれてる、と分かりました。
確実に字は母親の字だったので、それも決めてとなりました。

発達に遅れがあった僕のために、母親が色々と工夫して、
療育センターに通ってたんだなーと思うと、なんだか母の愛を感じました。

と同時に、「なぜホッチキス止めにする!?」という素朴な疑問が浮かびました笑

たぶん母親は、僕が療育を受けてきたという事実を、僕に知られたくなかったんでしょうか。

えーそれはないだろう、と正直に思った一方で、
母親は僕が小さな頃から、何となく色々、普通じゃない子育てをしてたのかな、と思いました。

療育センターに通う子が、どれくらいいるのかは全く知りませんが、
決して多いわけではないと思います。予想では30人に1人くらい? 根拠はありませんが笑

療育センターに通う子には、
・明らかに発達障害だと分かる子(知的障害を伴う自閉症など)
・言葉の遅れなど、発達に遅れがある子(後に発達障害だとわかる。軽度くらい?)
・発達に遅れがあるものの、ただののんびり屋さんで、発達障害ではない子(グレーゾーンかも)

の、だいたい3つにわかれると聞いたことがあります。

僕が療育センターに通ってたのは、母親いわく、1歳半から5歳だそうですから、
その頃ってアスペルガーの認知度ってどれくらいだったんでしょうかね。

まぁそれはともかく、こうやって文字にして自分が療育を受けてきたという事実を
目の前にすると、ものすごく実感がわきますよねー。

あと、やっぱり母の愛情っていうのが文字を通して伝わってきて、嬉しかったです。
正直にいうと、「別に隠さなくてもいいのに」っていう思いもありますが。

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