こんにちわ、まことです。
僕は小学生のころから、勉強だけは得意でした。
というか、特別頭がよかったわけではなかったのかもしれないのですが、
学校では友達と遊ぶよりも勉強、みたいな時期があったくらい、
勉強してるほうが楽しいって思ってたこともあったので、
そういうふうな生活をしていると、必然と成績も上がっていったのかもしれません。
中学生の時は、だいたいいつも学年10位前後でした。
一度3位をとったこともあります。
高校生の時は、苦手な理数系科目が足を引っ張るようになりましたが、
得意な英語では、いつも学年でトップクラスの成績でした。
というか実は、親に「勉強しなさい」と言われたことが一度もありません。
今思えば、そんな子なかなかいませんよね笑
さて、そんな風に、いわゆる「頭のいい子」みたいな印象を持たれてしまうと、
「この子、頭はいいのに協調性ないよね」
「この子、頭よすぎるから、皆が知ってることを知らないんだろうか」
「この子、勉強ばっかしててなんか話しにくいな。頭はいいんだけど」
「まことくん、頭はいいんだから、これくらいはすぐにできるようになるよね」
こんな風に思われてるんだろうなだと、周囲の反応を察知して子供ながらに感じてました。
また、実際に言われたことも、何度かあったように感じます(特に最後のやつ)。
発達障害って、たぶん得意なことと苦手なことの差が激しいんだと思います。
しかも、普通の人が得意としていることを、アスペの人は苦手としていて、
普通の人が困難を感じるところを、アスペの人は軽く成し遂げてしまう。
これでは、周囲から誤解されても仕方ないのかもしれません。
僕自身も、自分がアスペルガーだと知るまでは、
「中途半端に勉強ができるだけで、後の能力は欠陥してる」
なんて自己否定に数えきれないくらい陥ったこともありました。
そして、そういった能力の低さが、アスペルガーというものに由来していると知り、
自分がダメ人間である原因がわかったというか笑
あーそうなんだー、だったら仕方ないな、って。
今は前向きに、自分のどういったところが強みで、どういったところが弱みなのか、
知っていこうという気持ちになれています。
もはやアスペらしさを改善するだけじゃなくって、アスペだからこその強みを
伸ばしていけば、今後より生きやすくなるんじゃないかと思うようになってきました。
僕は小学生のころから、勉強だけは得意でした。
というか、特別頭がよかったわけではなかったのかもしれないのですが、
学校では友達と遊ぶよりも勉強、みたいな時期があったくらい、
勉強してるほうが楽しいって思ってたこともあったので、
そういうふうな生活をしていると、必然と成績も上がっていったのかもしれません。
中学生の時は、だいたいいつも学年10位前後でした。
一度3位をとったこともあります。
高校生の時は、苦手な理数系科目が足を引っ張るようになりましたが、
得意な英語では、いつも学年でトップクラスの成績でした。
というか実は、親に「勉強しなさい」と言われたことが一度もありません。
今思えば、そんな子なかなかいませんよね笑
さて、そんな風に、いわゆる「頭のいい子」みたいな印象を持たれてしまうと、
「この子、頭はいいのに協調性ないよね」
「この子、頭よすぎるから、皆が知ってることを知らないんだろうか」
「この子、勉強ばっかしててなんか話しにくいな。頭はいいんだけど」
「まことくん、頭はいいんだから、これくらいはすぐにできるようになるよね」
こんな風に思われてるんだろうなだと、周囲の反応を察知して子供ながらに感じてました。
また、実際に言われたことも、何度かあったように感じます(特に最後のやつ)。
発達障害って、たぶん得意なことと苦手なことの差が激しいんだと思います。
しかも、普通の人が得意としていることを、アスペの人は苦手としていて、
普通の人が困難を感じるところを、アスペの人は軽く成し遂げてしまう。
これでは、周囲から誤解されても仕方ないのかもしれません。
僕自身も、自分がアスペルガーだと知るまでは、
「中途半端に勉強ができるだけで、後の能力は欠陥してる」
なんて自己否定に数えきれないくらい陥ったこともありました。
そして、そういった能力の低さが、アスペルガーというものに由来していると知り、
自分がダメ人間である原因がわかったというか笑
あーそうなんだー、だったら仕方ないな、って。
今は前向きに、自分のどういったところが強みで、どういったところが弱みなのか、
知っていこうという気持ちになれています。
もはやアスペらしさを改善するだけじゃなくって、アスペだからこその強みを
伸ばしていけば、今後より生きやすくなるんじゃないかと思うようになってきました。