新社会人を目指すアスペルガーのブログ

大学4年の時にアスペルガーと診断され(2014年夏)、今は社会人1年目です。社会で辛い思いをしている発達障害者の方に、「悩んでるのは自分だけじゃないんだ」と安心してもらえるようなブログを目指してます。また、読者の方にも記事を書いてもらえる、という試みを始めました。発達障害をテーマに書きたいことがある方は、その旨と、記事を投稿すると仮定した場合の文章をそのまま、コメント欄で投稿してもらえればと思います。

カテゴリ:アスペルガーの色々 > 思うこと

こんにちわ、まことです。

発達障害の皆さん。
〇〇さんみたいな人に初めて
会いました、とよく言われませんか?
〇〇のところは自分の名前です。

僕はよく言われます。
それくらい自分自身が変わっている、
ということなんでしょうが。

一方でこのブログでは、
僕の今までの経験や考え方などを
書いてきましたが、それに対して
私もそうです、似ていてびっくりしました、
というコメントをたくさんいただきます。

そのたびに僕は嬉しくなります。
自分だけじゃなかったんだと。

僕たちは社会から見たら少数派です。
が、このブログでは多数派になれるんです。

多数派になりたいと思っていたわけではないのに。
仕事や私生活で何かあるたびにその要因は全て
僕自身の考え方が変わっていて、少数派だから
というところに行き着いてしまうのです。

少数派が生きやすい社会はどこにあるんでしょうか。
皆さんみたいな人がたくさんいる社会なら、と思います。

こんにちわ、まことです。

お久しぶりです。2か月ぶりでしょうか。
コメント返信できてません。ごめんなさい。
でも、全部読んでいます。

いつのまにか総訪問者12万人超え。
更新しない間に。ありがとうございます。

最近思ったのは、僕にとって、
アスペっぽい人って接しやすいということです。

あの人変わってるよね、と噂される人が
最近転職で入ってきたのですが、僕にとっては、
なんてこの人おもしろいんだろう、という魅力的な人なのです。

向こうがこちらのことをどう思ってるかはわからないですが、
少なくとも、個人的には話しやすいです。

ただ、確かに仕事関連の話をしていると、
あれ?と思うことがあって、伝わらないなと思うことはあります。
というか、相手の言っていることがわからない。

それは僕のせいなのかもしれないし、相手のせいかもしれない。
でも、僕が相手に思っていることを、
僕はほかの人に思われているんだと考えると、僕はやはり変わり者なのだと思うんです。

こんにちわ、まことです。

アスペルガーの空気読めない発言が、ある意味正直さならば、
一部の定型発達の相手を思うという建前の発言は、おせっかいでしょう。

おせっかいは、相手の気持ちを考えているようで、
むしろ自己満足、かつ相手にとっては負担だと僕は思います。

なので、僕は必要以上に人とは関わりませんし、
余計なお世話だろうと思って、おせっかいはしません。
まあ、しようと思ってもできないものではありますが...

アスペルガーの相手の気持ちが読めないというのと、
一部の定型発達がするおせっかいの、相手の気持ちを読めないというのは、
次元がまるで違う話です。

前者は無意識ですが、後者は意識的に、
相手のためだと信じて疑いません。

どちらも相手に多少の負担をかけているのに間違いはないですが、
アスペのそれは、ある種の違和感として処理できますが、
おせっかいのそれは、しつこい上に、必要以上に干渉してきます。

自分のテリトリーを守りたいアスペさんにとっては、
実にありがた迷惑な話です。

こんにちわ、まことです。

生きる意味について考えてみました。
別に病んでるとかそんなんじゃないんですけど、考えてみました。

偽善と思われてもいいのですが、僕は、この世に生まれたからには、
必ず全員が、誰かの役に立つものなんだと思ってます。

猟奇的な殺人者だって、一生病院暮らしの人だって、
もちろん発達障害を持っている人だって、未熟で生まれて数日で死んでしまう赤ちゃんだって。

元々の生まれた理由は、世の中の役にたつため。

でも、何かしらの原因で道を間違えてしまったり、命を奪われてしまったり、
そういう些細なきっかけで、元々の生まれた理由が見失われてしまう。

僕は、そういうふうに考えてます。

だから、今少なくとも、ある程度の自由を持って生きている人は、
世の中の役に立つことを許されている人なんだと思ってます。

僕はこのブログを通して、発達障害を持っている人、発達障害を持っている人が周りにいる人、
なんかの役に、ちょっとでもたてればと思っているわけなんですが。

ただ、そうじゃなくても、今日もしかしたらすごく最低なことがあって、
落ち込んでて、なんで生きてるんだろうって思っている人がいるかもしれない。

そう思ったら、こういう記事を書いてみるのもありかもな、と思って書いてみました。
今日は久しぶりに定時で帰れたのもありますが笑

この世に生まれたからには、何かしらの経緯で、誰かしらとはかかわりますよね。
その関わり方次第で、生きている意味も変わってくるんだと思います。

自分でも何を書いているのかわからなくなってきましたが、そういうことです。

最近、本当に仕事に行くのが億劫なのですが、逃げてても仕方ないし。
言い訳して逃げるのは、やっぱりいやです。

頑張ります。

頑張りましょう。

こんにちわ、まことです。

タイトル通りです。

当事者から見た当事者の特徴と、
定型発達の方から見た当事者の特徴は、やはり違うと思います。

そこがすごく知りたい、と最近思います。

僕自身から見ても、僕はやっぱり周りとは違うところが多いと思いますが、
自分では普通と思っていても、それはおかしい、と言われることもすごく多いので、

自分が考えているのとは比較できないほど、定型発達の方からすれば、
僕の言動一つ一つは、やっぱり特徴的なんだろうなーと感じます。

もしよかったからでいいのですが。
このブログを読んでいる定型発達の皆さん。

身近に発達障害当事者の方がいれば、やっぱり普通とは違うな、と思うところがあるんでしょうか。
それは、当事者自体はどれくらい自覚できていると思いますか。

僕は、アスペルガーというものを知るまでは、1%も自覚できていませんでしたが、
知ってからは10%くらい、今は20%くらいなら自覚できていると感じます。

(コメントがなければ、少し切ないことになってしまいます...笑)

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